いかに平均から外れるか
最近いくつかの記事を読んで、自分も「いかに平均から外れるか」を重要に考えるようになった。
つまり
・過半数の人が報酬を受け取る場合は平均志向を取った方が有利
・そうでないなら平均から離れる方向に動いた方が有利
・[学校教育]では過半数の人が進級し、少数の人が落第するので[平均志向]が有利
・社会に出てから[競争的状況]では過半数の人が勝てず少数の人が勝つので[反平均志向]が有利
下のツイートにもあるように、学校教育では周りと合わせないとバカにされがちなので平均志向をみんな目指してしまう。
たとえば小学生の時とか、真面目に勉強しているとバカにされたりとか、中学生の時に頑張って英語の発音をしようとしていると、からかわれたりとか、そういう経験はこれまでたくさんある。それによってやめてしまったこともたくさんある。
— 菅 俊一 / Syunichi SUGE (@ssuge) July 19, 2019
学校の先生も親も「どうして人と違うことをしようとするの?周りに合わせなさい」と言ってきた。それが正しい生き方だと思ってたから、無理やり合わせてたけどずっと気持ち悪かったんだよねー。個性が大切で働き方が自由に決められる大人になってからは、だいぶ生きやすくなったわ。変わってるから🤣
— ほっしー@メンタルハッカー (@HossyMentalHack) July 24, 2019
でも、社会に出たら、途端に手のひらを返して、差別化を求められる。
差別化を諦めて、居心地の良さを人生の中心に求めてしまうと、下の記事のような気持ちになってくる。
居心地の良さと人生のつまらなさは両立します。
なぜなら、楽だから。何も起こらないつまらない人生は、色んな刺激にいちいち反応しなくても済むから、楽。
自分も、今まで人の目を気にしてやらなかったこと、抑えていたことはとても多くあったが、尊敬するプロゲーマーウメハラDAIGOさんの生き方・考え方を知ってからは、他人の目をいかに気にせずに自分の人生を楽しめるかを大事にできるようになった気がする。
必死な姿を見られるのが格好悪いとか、失敗したときのみんなの視線が怖いと考えて取り組んでいる人は、なかなか結果が出せないし、そもそも人の目を気にして、人に合わせているのは楽しくないと僕は思っている
長い人生、人の目ばかり気にしているのは窮屈だし、息苦しい
というわけで、狂気を持って自分の道をどんどん進んでいきたい。